
ネガティブ・ケイパビリティ
皆さまごきげんよう。kawasakiです。
うだるような暑さと近畿・北陸を荒らし散らかしていった台風7号と共にお盆休みをいかがお過ごしだったでしょうか。
私は酒、ランニング、進撃の巨人鑑賞、ピクミン4、酒、と久しぶりに絵に描いたようなダラダラ生活を満喫する連休でした。そんな何も生み出さずただ消費するだけの自分を誤魔化すように、やればできる感を出すように、今回は真面目な記事となっております。
タイトルは、”事実や理由を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力”
19世紀に英国の詩人ジョン・キーツが発見した概念です。咀嚼するとつまり「中途半端な知識や経験を活かして、解決が困難あるいは答えが出ない問題を急いで解決せず(した気にならず)、曖昧な状態を持ちこたえる能力」と言ったところでしょう。昨今、改めてこの能力が見直されています。
組織で評価されるのはロジカルな脳みそ
現代の社会では問題・課題を早急に解決できる、白黒つけられる人間が評価されます。それができる者のほとんどは論理的思考=ロジカルシンキングに長けており、問題を要素別に仕分けて整理し、矛盾が無いように筋道を立てて解決することができます。これはネガティブ・ケイパビリティの反意語となるポジティブ・ケイパビリティと言い換えることもできます。私たちは幼い頃からこの能力を学校で教わってきました。わからないことがわかるようになる → 褒められる・評価される、ここに人間としての心地よさがあり、私たちは「わかる」という経験を積み重ねようとします。 しかし不確実性が高く、未来予測が困難なVUCA時代と言われる今日、この能力は諸刃の剣となります。わかることが心地よいと言うことは、逆にわからないという状態はストレスの要因だと言うことです。人は自然とストレスを排除しようとする為、前述したような”解決が困難あるいは答えが出ない問題”を目の前にした時、今持ちうる能力の範囲内で解決しようとし、わかった気になることで安心します。その結果、出した答えが想定外の要因が影響して失敗に終わった場合、責任者の口から出てくる言葉は概して「わかったつもりだった」です。これは集団行動になると、被害は更に甚大です。組織やチームのリーダーが視野狭窄だと、自分より優秀な他のメンバー、部下の助言が理解できない為、耳を貸さず己のわかる範囲内で決定を下しがちです。無論その先に待ち受けるのは失敗で、リーダーの信頼は失墜し、集団は士気が下がり統率力を失います。漫画やドラマでよく見かけるシチェーションですが、現実でも良くある話です。更に加えて言うと「わかったつもり」は理解を低次元にとどめてしまい、自己成長の可能性をも摘んでしまいます。
問題を宙ぶらりんのまま耐える
しかし、自分の理解を超えるどうにも解決できない問題、白黒はっきり付けることができない問題を宙ぶらりんのまま、耐え続けることができれば、安易に解決を急ぐこともなくなります。またその不安耐性は社会に対して寛容になり、不可解、理不尽な事象を受け入れることができます。不安耐性の低さを象徴する「なんでもマニュアル化」
業務品質の向上、教育コスト・時間の削減などのメリットが多いマニュアル化。しかし単純化ができない、答えがない業務まで強引にマニュアル化を進め、それができないものは排除しようとする場面に遭遇したことはありませんか?そこで排除されてしまうのは大抵、低次元で仕事をしている人間が「業務の属人化だ」と揶揄する、ハイレベルで業務を遂行する職人と呼ばれる方々です。不安耐性の低い人間が、時間のかかる暗黙知のノウハウの形式知化を待てず、継承を放棄するのです。






